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2024年03月30日

高校生平和大使・兵庫2024未来への架け橋

「高校生平和大使・兵庫2024未来への架け橋」という集会が3月17日に兵庫県神戸市の六甲アイランドにあるカナディアンアカデミーで開催されました。かつて神戸市民だった事務局ですが、東灘区や六甲アイランドには縁が薄く、実に25年以上ぶりに六甲アイランドに行きました。ちなみにカナディアンアカデミーは110年の歴史を持つ神戸のインターナショナルスクールです。


集会はまずは「おやこえびす」のお二人による三線とベースでのコンサートから始まりました。THE BOOMの「島唄」、福山雅治さんの「絆」、BEGINの「三線の花」が披露されました。
続いて、主催者あいさつでは松尾美雨さんが「戦争の経験がない私たちは、被爆者から実体験が聴ける最後の世代。未来への発信を考え合う集会にしたい」と訴えました。


続いて、神戸市被爆者団体協議会の貞清百合子さんから広島での被爆体験をお聞きしました。核兵器廃絶に向けて、被爆体験の継承は本当に大切です。被爆者健康手帳の所持者の平均年齢が85歳を超しているそうです。反核平和の火リレー運動でも被爆者のお話を聴く機会をますます意識しなければなりません。


続いて、高校生平和大使やサポートメンバーから活動報告を受けました。ガザでの即時停戦を求めるスタンディング行動、東京ではイタリア大使館でイタリアにおける平和教育についての学習、国会や第5福竜丸の資料館訪問、スイスの国連欧州本部での活動などの紹介がありました。平和教育に関しては、「おじいちゃん、おばあちゃんから戦争体験を聞くのが難しくなっている」という状況についても指摘がありました。


宝塚市議の北野さんの司会で4人の高校生によるパネルディスカッションが行われました。以下のような発言がありました。
「小学校では平和について考える授業があった。高校では人権教育があり、平和をさまざまな社会問題、たとえばいじめをなくすにはどうすれば良いかといった課題と結び付けて考えるようになった」
「人権教育や平和教育は受け身の授業になっている。なぜ戦争が起きたのか、現代は本当に平和なのか、平和をどう実現するかを、今の知識をもとに考え合うことが大事」
「授業でインドのカースト制度について知り、自分で調べてみた。カースト制度による差別はインドの憲法では禁止されている。ここから、女性への差別など身近な差別について考えるようになった」
「日本とスペインにルーツがある。日本語と英語は話せるが、スペイン語は分からない。お店で英語で返事されることがあり、自分のアイデンティティについて悩んでいる」

事務局は討論を聞いていて、たとえば垂水にある神戸朝鮮高級学校との交流が、在日コリアンが多く住む兵庫県の高校生平和大使の活動にとって有意義になるのではないかと感じました。
「戦争について、ウクライナやガザなど遠いところのできごとと感じてしまう。自分に何ができるか分からない」という意見がありました。事務局も旧ソ連の各地での紛争やパレスチナのことをめぐり、高校生たちと同様に「自分に何ができるか」を考えさせられています。そのてがかりを見つけるために、スイスだけでなく、他のいろいろな国への派遣も今後のアイデアの一つではないかなと思いました。高校生平和大使での活動を経験した仲間が平和友好祭に参加してくれている県もあります。いつか、一緒に世界祭典に参加できたりしたら良いよね、と思いました。
また、今回の集会では戦争体験の継承とあわせて学校や地域における平和教育の重要性を認識させられました。労働組合の運動が平和教育の前進、発展につながれば、とも思いました。
  


Posted by 平和友好祭 at 09:31Comments(0)広島国際連帯長崎

2023年08月09日

反核平和の火リレーについて故宮崎安男さんのことば

今年は21都道府県で反核平和の火リレーが取り組まれています。78年前に長崎に原爆が投下された今日のこの日も、青年たちが平和の火を走り継ぎ、日本の核兵器禁止条約への署名と批准、そして核兵器廃絶を訴えています。
平和友好祭の「第1回ヒロシマの旅」で、当時、原水爆禁止広島県協議会で事務局長を務めていた故宮崎安男さん(2007年2月に逝去)が反核平和の火リレー運動の意義について青年たちに語った言葉を以下に紹介します。
朝鮮半島で生まれた宮崎さんは、5歳で山口県に引き上げました。郵便局、電話局で勤務し、全電通労組中央執行委員、全電通労組中国地本執行委員長を務めました。原水禁では1993年から代表委員を担いました。宮崎さんの反核運動の出発点は職場での被爆者支援だったそうです。被爆者ではない宮崎さんの言葉から、私たちも核兵器廃絶に向けたたたかいの力を得たいと思います。

「もっと暑がろう。もっと徹底的に暑がろうじゃないか。この暑い広島で4千度という地上の温度で溶けてしまった、焼かれてしまった、身体がボロボロになってしまった……。
その暑さをもっと自分に焦がし自分に焼き付けよう。そこで死んだ、そこで悶えた被爆者の気持ちを受け止めて行こうじゃないか。それが反核平和の火リレーではないのか。
被爆体験は被爆者でない限り決してわからない、大変な経験です。それだけに、体験しないものが原爆体験を自らのものとして受け継ぐ努力なしに、被爆体験は継承できません。追体験はできないけれども限りなく被爆者に近づく努力を通じて、はじめて核の本質が見えてくる。被爆者の苦しみがわかってくるのだと思います。
私は被爆ということに本当に立ち向かうことなしに、加害は見えてこないと思っています。被害と真正面に立ち向かうことなしに、加害の根深さ、人間が変わっていく怖さ、人間が行う犯罪の恐ろしさということを見ることはできないだろう。」



  


Posted by 平和友好祭 at 13:41Comments(0)広島労働組合長崎

2022年08月02日

各県の反核平和の火リレーの取り組み状況

2022年度の各県の反核平和の火リレーの取り組み状況をお知らせします。すでに取り組みが終わった県も記載しています。

北海道 7月19日~8月6日
岩 手 6月3日~5日
宮 城 8月3日~11日
山 形 各地区ごとの実施
福 島 9月末~10月はじめ
茨 城 7月21日~8月4日
埼 玉 7月28日~8月5日
千 葉 各地区での学習会・自治体要請
神奈川 10月17日~21日
東 京 10月8日
長 野 7月13日~8月10日
富 山 8月2日~5日
兵 庫 7月25日~8月3日
鳥 取 8月1日~3日
島 根 7月29日~8月8日
広 島 7月4日~22日
山 口 7月25日~8月5日
香 川 9月15日~16日
徳 島 8月8日~10日
高 知 8月2日~4日
長 崎 7月19日~27日
鹿児島 7月19日~8月12日


  


Posted by 平和友好祭 at 15:33Comments(0)基地問題福島広島労働組合原発国際連帯長崎

2021年10月28日

広島県原爆被害者団体協議会の坪井直さんが逝去

10月24日に、広島県原爆被害者団体協議会理事長、日本原水爆被害者団体協議会代表委員の坪井直さんが亡くなったとの知らせがありました。平和友好祭では、生前の坪井直さんに本当にお世話になっていました。


2011年7月の広島の反核平和の火リレーの到着式における坪井さんのごあいさつの様子です。この年の5月の「ヒロシマの旅」でのごあいさつでは、坪井さんは福島での原発事故について本当に深刻に受け止めていらっしゃいました。


2013年8月5日の夕方、広島市内で行われた連合の集会で被爆体験を語る坪井さんです。


2015年11月の社青同広島地本大会で来賓あいさつをくださった坪井さんです。いつも青年たちへの期待を熱く語ってくださっていました。15年ほど前に反核平和の火リレーの取りやめの話題が出た際に、地本委員会に乗り込んで来た坪井さんが「被爆者は青年たちが平和の火を持ってきてくれるのを待っとるんじゃ。平和の火リレーを続けてほしい」と訴えたことがありました。


2016年6月の平和友好祭の「ヒロシマの旅」で来賓あいさつをくださった坪井さんです。


このときの坪井さんのごあいさつが平和友好祭のYouTubeのチャンネルでご覧いただけます。
https://youtu.be/5G1XrFWAWtw

今年3月時点での被爆者健康手帳の所持者の平均年齢は84歳に迫っています。反核平和の火リレーを柱とした青年たちによる反核運動の継承、そして核兵器廃絶の実現に向けたたたかいの強化が重要な課題です。
11月20日(土)~21日(日)に平和友好祭の「第32回ヒロシマの旅」を開催します。多くの仲間の結集を呼びかけます。もう「コロナ」がおさまったら、などと言っている時間は残されていません。「いま」しかないのです。  


Posted by 平和友好祭 at 09:50Comments(0)広島長崎

2021年08月03日

全国各地で反核平和の火リレー

8月6日、9日の原爆忌を前に、全国各地の仲間たちが反核平和の火リレー運動に取り組んでいます。「コロナ禍」でも、核兵器廃絶と原発反対を訴えてランナーが平和の火を走り継いでいます。


りんご畑を走る長野県の長野地区実行委員会の仲間です。笑顔が本当にステキです。


宮城県実行委員会では、7月中に仙台市役所や宮城県庁に平和行政推進について申し入れを行いました。リレーは8月3日からスタートです。


昨年に続いて反核平和の火リレーに取り組んだ島根県の吉賀町職員労働組合の仲間たちです。


リレーの実施を前に、各職場や地域でオルグや街宣を行った徳島県の三好地区実行委員会の仲間たち。この日の夜には学習会も実施しました。


たくさんの仲間たちが、県の東西から高知市役所・高知県庁前をめざして走り継ぐ高知県の反核平和の火リレーです。


被爆地ナガサキの仲間たちも今年は平和の火を走り継ぐことができました。

2021年度は、北海道、宮城、山形、東京、長野、島根、広島、徳島、高知、長崎、鹿児島でランナーが平和の火を走り継ぐ形式での反核平和の火リレーが実施されています(すでにゴールした県、今後の予定の県も含む)。平和の火のリレーが取り組めない県・地区でも、引き続き自治体への要請行動や学習会が開催されています。
20日にゴールした広島県広島地区実のリレーでは、広島市役所前の集会に市長、市議会議長、市議団、労働組合が参加し、ランナーへのあたたかい激励をいただきました。
反核平和の火リレーは、核兵器廃絶と原発反対を訴えてみんなが参加できる取り組みです。みんなの力で盛り上げて、昨年、今年は開催できなかった県・地区でもリレー運動の再開を呼びかけましょう。  


Posted by 平和友好祭 at 16:31Comments(0)広島自衛隊・米軍原発国際連帯長崎

2021年07月14日

各地で反核平和の火リレーが出発

被爆76年の反核平和の火リレーが各地で出発しています。

北海道実行委員会の第33回反核平和の火リレーは、7月13日に道内3カ所で出発式を行い、7月31日までの日程でランナーが出発しました。



核兵器廃絶、反原発、そして「核のごみ」の最終処分場計画に反対を訴える取り組みとなります。

長野県でも7月13日に松本市内で第34回反核平和の火リレーの出発式が行われました。8月10日までの長丁場です。地域の労働組合、自治体議員、市民運動のみなさんに支えられての取り組みです。

広島県の第40回反核平和の火リレーは、7月14日に出発式が行われました。



平和の火の採火、実行委員長の決意表明を受け、午前8時15分に第1ランナーが慰霊碑前をスタートしました。


坂町の被爆者団体の会長から激励を受けました。
7月20日までの日程で、全市町村をリレーします。

これから、8月6日、8月9日に向けて、全国各地で反核平和の火リレーが取り組まれます。みんなの取り組みの成果を8月末の中央祭典に持ち寄ってください。  


Posted by 平和友好祭 at 14:45Comments(0)広島労働組合原発政治問題長崎

2021年05月19日

第54回全国青年団結集会中央実行委員会の声明の紹介

21春闘勝利を青年・女性の立場から訴え、決意し合うべく、「第54回全国青年団結集会」は当初は2021年1月下旬に長崎県での開催の準備を進めていました。
しかし、「新型コロナウイルス」をめぐるパンデミックのなかで、5月15日~16日への延期を判断していましたが、4月以降の「感染者」数の増加のなかで、2021年中の集会の開催を断念することとなりました。
中央実行委員会としては、2022年の春闘期の開催に向けて準備を開始するとのことです。5月16日付で中央実行委員会から出された声明を以下に紹介します。

青年・女性の生命と権利をまもるたたかいを進めよう
 「新型コロナウイルス」をめぐるパンデミックはいまだ終息が見通せません。感染者の増加が報じられ、4月25日からは3度目となる「緊急事態宣言」が発令されていますが、それでも東京オリンピック・パラリンピックの開催にこだわり、労働者や青年・女性にガマンと自己解決を強いる政府に対する不満が高まっています。
 「医療崩壊」が起きていると言われます。しかし、私たちは、医療職場で働く仲間たちが合理化攻撃の下で「コロナ禍」よりはるか以前から、厳しい労働実態にあったことを知っています。たとえば、自公政権は、2019年に424の公立病院、公的病院の再編を打ち出していました。「医療崩壊」なる事態の責任は、もうけや効率を優先させる論理を医療の分野に持ち込む政府・資本にあります。そのなかで私たちに求められているのは、「医療従事者」への「感謝」ではありません。団結・抵抗・統一という団結集会のスローガンを合理化攻撃に対置し、医療職場で働く仲間たちとの交流・共闘を強めなければなりません。
 「崩壊」はいずれの職場にとっても他人事ではありません。合理化が「人」を育てる余裕を奪い、労働者どうしが「仕事ができるか、できないか」で値踏みし合う職場を生み出しています。労働強化が際限なく進むなかで、仕事の経験が浅い青年が排除されたり、あるいは職場のあり方に疑問を抱いて退職する事態が起きています。職場の再生・再建には、青年たち、女性たちが働き続けられる職場つくりが必要です。
 いま、労働組合の役割や意義が深刻に問われています。「コロナ禍」は、年功序列賃金制度や非正規雇用の増加で低賃金の下に置かれている青年と女性のくらしにとりわけ深刻な困難をもたらしています。無収入、あるいは収入が極端に減り、事実上の失業状態に置かれている労働者も少なくありません。団結集会運動に結集している労組に所属する仲間からも、「会社の業績の著しい悪化で一時金の遅配が発生した。定額給付金のおかげで食いつなぐことができた」「収入が激減して労金から生活資金融資を受けざるを得なかった」という報告が届いています。労働組合が必要とされているにもかかわらず、「コロナ禍」で労働組合の取り組みが次々と延期・中止、あるいはオンラインのみでの開催となる事態に直面し、「労働組合は不要・不急だ、と言われているように感じる」という焦りを語る仲間もいます。
 そのなかでたたかわれた21春闘では、連合が集計した賃上げ率は5月10日時点で1.81パーセントとなり、2014年以降で最も低い結果となっています。鉄道職場で働くある仲間は、「会社は、もうかっているときには、わが社の一時金は業績連動ではないと言って出し渋り、今春闘ではコロナを口実にして賃金合理化を進めようとしている」という矛盾を指摘しています。困難なたたかいは、夏の人事院勧告を通じて公務職場で働く仲間の労働条件にも大きく影響すると考えられます。反撃の出発点として、青年と女性の実態を振り返ることが必要です。春闘にあたって「労使の信頼関係の維持」を強調する執行部に、困難な暮らしや労働実態を訴えた青年部・女性部の仲間たちもいます。
 全国青年団結集会の開催地である長崎における長崎バスユニオンの仲間たちの粘り強いたたかいと勝利は大きな希望を与えています。アキラメず、仲間と団結してたたかうことは、私たちが共有したい課題です。集会の準備を進めていた長崎県実行委員会の仲間たちも、全国の仲間たちとの交流に強い期待を抱いていましたが、「自粛」の雰囲気が強まるなかで、集会の開催を断念せざるを得ませんでした。交流を通じて、「コロナ禍」で労働者が恐れているものが、ウイルスへの「感染」による体調悪化よりも、「自粛」しないことに対する職場や地域でのバッシングである事実も明らかになっています。このため、「団結集会に集まろう」と呼びかけること自体が、逆に仲間の不団結をもたらし兼ねない状況もありました。一方、仕事は確実に果たすことが求められる職場の現実はいっこうに変わりません。
 社会や職場を覆う息苦しい雰囲気を打開するために、産別を超えた交流の機会を持ちたいと切望している仲間たちが多くいます。北海道、岩手、山形、新潟、長野、富山、鳥取、島根、香川、徳島、高知では、21春闘の勝利を決意し合うべく県団結集会が開催されました。オンラインツールを活用したり、泊まりこみ・対面での交流にこだわって実際に仲間たちが顔を合わせるなど、各実行委員会での議論をもとに団結と連帯を追求しました。それらの成果を持ち寄るべく、第54回全国青年団結集会への代表参加を各県・労組の仲間たちに呼びかけた結果、中央実行委員会には50人を超す参加報告が寄せられていました。
 残念ながら第54回全国青年団結集会は、2度目の延期を余儀なくされました。しかし、私たちは青年・女性の生命と権利を守るたたかいをアキラメたわけではありません。青年たち、女性たちが雇用形態、企業規模、官・民の違いに関わらず、困難な労働実態、生活実態にある事実に立ち帰り、労働組合のたたかいが「要」であり、かつ「急」であることを確認し合いましょう。全国青年団結集会中央実行委員会は、「団結・抵抗・統一」のスローガンの下、22春闘勝利をつかみ取る第54回全国青年団結集会に、全国各地の職場の仲間たちが長崎に結集することを呼びかけます。
2021年5月16日 第54回全国青年団結集会中央実行委員会


また、みんなで「密」になりたいですね。


  


Posted by 平和友好祭 at 00:21Comments(0)労働組合長崎

2020年10月27日

核兵器禁止条約の発効の確定にあたり原水禁議長による声明の紹介

10月24日に50カ国めの核兵器禁止条約が行われました。条約の発効の確定にあたり、原水禁の議長名による声明が出されていますので、紹介します。

核兵器禁止条約発効確定にあたっての原水禁議長声明
原水爆禁止日本国民会議 議長 川野浩一

 10月24日、核兵器禁止条約(TPNW)を中米のホンジュラス共和国(Republic of Honduras)が批准しました。これにより批准した国・地域が50を超えて、2021年1月22日に発効することが確定しました。これにより核兵器を非人道的兵器・絶対悪と定める国際規範が成立し、世界は核兵器廃絶という希望へ大きく前進することとなりました。原爆投下の惨劇の中から生きることを選択した被爆者の強い思いと、日本の原水禁運動やICANなどの核兵器廃絶にとりくむNGOの様々な努力、そして核兵器に頼ることなく自国の安全と世界の平和を願う各国政府のとりくみの大きな成果です。原水禁は、条約発効の意味をしっかりと受け止め、様々な組織・人々とともに核兵器廃絶へのとりくみを進めることを改めて確認します。
 しかし、核兵器保有国、日本やドイツなど他国の核の傘の下にある国は、核抑止力を自国の安全保障の基本に据えて、条約に反対しています。本年10月2日に開かれた国連の「核兵器廃絶国際デー」で演説に立った、オーストリア代表の「核抑止力は安全をもたらすものではない。いいかげんにこの神話を葬ろう」との呼びかけに、核兵器保有国や保有国の核の傘の下にある国は真摯に応えるべきです。
 今年8月9日、長崎平和祈念式典後の記者会見で安倍首相は、核兵器禁止条約に触れ「わが国の考え方とアプローチを異にしている」として、改めて条約に参加しないことを表明しています。また、安倍政権を継承するとした菅首相は、9月26日の国連総会でビデオ演説し「積極的平和主義」に基づき世界平和に貢献するとしましたが、「現実の安全保障の観点を踏まえていない」として、これまでの政府の姿勢を基本に核兵器禁止条約には触れませんでした。安倍政権は、この間朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の核実験・ミサイル発射実験を脅威とし、また中国の南シナ海進出も含めて日本をめぐる安全保障の脅威を主張してきました。その上で、核抑止力をことさらに評価し条約批准が日米安保条約体制に矛盾するとの立場をとり、旧来の安全保障観を抜けることができません。朝鮮は、2002年のアメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領の「悪の枢軸国」とされて以来、米国の圧力の下で核兵器保有を強行してきました。中国は、核の先制不使用宣言しており、両国の核兵器や戦力が日本へ向けられているとは考えられません。米国とともに、中国や朝鮮を仮想敵国として、ミサイル防衛の強化や敵基地攻撃に言及する日本政府の姿勢こそが、日本の安全を脅かすものと考えられます。
 原水禁は、連合、核兵器廃絶・平和建設国民会議とともに、「核兵器廃絶1000万署名」にとりくみ、日本政府に核兵器禁止条約の批准を求めるとともに、核兵器廃絶を訴えてきました。8月9日には、長崎において中満泉国連事務次長・軍縮担当上級代表に、823万を超える署名を手交しました。中満泉事務次長は、核兵器廃絶という目標は「日本も共有しているはず」として条約に反対する各国に対して「ドアを完全に閉めずオープンマインドで」と苦言を呈しています。
 米国は、イラン核合意を破棄し、そしてINF条約も破棄しました。来年2月には期限を迎える新戦略兵器削減交渉も、米露両大国の思惑が交錯し、先行きが不透明となっています。これまでの米露を中心とした核兵器削減の流れが止まろうとしています。中距離核戦力をめぐる米国とロシア・中国の対立は、日本への米軍中距離ミサイル配備や核弾頭配備の可能性も引き出しています。唯一の戦争被爆国としての国是である、核兵器をもたず、つくらず、持ち込ませずとする非核三原則に抵触する事態もおきかねない状況です。核兵器廃絶を、日本政府が主張するのであれば、核兵器保有国と非保有国の間に立って、核兵器廃絶への対話をつくりだす役割を果たさなくてはなりません。核兵器をめぐる状況がきびしい中にあって、日本に与えられた役割は大きいと考えます。今年の長崎平和祈念式典の平和宣言において、田上富久長崎市長は「核兵器の恐ろしさを経験した国として、1日も早く核兵器禁止条約の署名・批准を実現するとともに、北東アジア非核地帯の構築を検討してください。『戦争をしない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理念を永久に堅持してください」と訴えました。戦後日本が、日本国憲法前文で誓った「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」のであれば、日本と世界の将来を見据えた議論を開始し、そのための努力を開始すべきです。
 原水禁は、核兵器禁止条約が発効したこの記念すべき出発点にあたって、平和を愛するすべての人々と、核兵器廃絶・平和構築にむけて、全力でとりくんでいくことを改めて確認します。



  


Posted by 平和友好祭 at 23:01Comments(0)広島国際連帯長崎

2020年08月26日

核兵器禁止条約の署名・批准状況

2017年に国連で採択された核兵器禁止条約の署名・批准の状況です。日本政府は「唯一の被爆国」を標榜しつつ、国際的な核兵器廃絶の努力から脱落しています。
また、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、朝鮮の核兵器保有国はすべてこの条約に参加していません。

今年8月25日時点での核兵器禁止条約への署名、批准状況をまとめました。
以下のファイルはEXLをJPGに変換したものです。サムネイルになっているのでクリックしてください。


  


Posted by 平和友好祭 at 16:19Comments(0)広島国際連帯政治問題長崎

2020年07月28日

広島と長崎で被爆75年の反核平和の火リレーがスタート

今年は「新型コロナウイルス」の影響で「反核平和の火リレー」も中止や延期を判断ぜざるを得ない県・地区が少なくありません。そのなかで、被爆地である広島と長崎で、反核平和の火リレーがスタートしました。

長崎の反核平和の火リレーは、7月21日に平和公園の平和祈念像前で出発式を行いました。
当初はランナーを準備していましたが、協議の結果、今年は街宣で各地区をめぐることになりました。
青年が原水禁の川野議長から火を受け継ぎ、スタートしました。





広島の反核平和の火リレーは、7月27日に平和公園を出発しました。
大雨の中の出発式でしたが、たくさんの人々に見送られながらランナーが出発しました。
今回はコースを短縮しての取り組みですが、5日間で県内の全自治体を走り継ぐ予定です。




  


Posted by 平和友好祭 at 23:28Comments(0)広島労働組合原発政治問題長崎

2018年09月04日

全国各地の反核平和の火リレーから

5月から全国各地の労働組合や団体、企業などの仲間たちによって反核平和の火リレーが行われています。広島の平和公園で採火した平和の火を北は北海道、南は奄美大島まで走り継いでいます。とくに7月から8月にかけては暑いなかでしたが、核兵器廃絶・原発反対、辺野古での新基地建設反対などを訴えて取り組みを進めました。


全ての自治体を走り継いだ北海道の仲間たち。全体で7000人以上が関わる大規模な行動です


青年部や女性部の仲間たちが参加した岩手の反核平和の火リレー


2つの地区で取り組みを再開できた秋田県実行委員会


なぜみんなで走り継ぐのかをめぐって学習を進めた宮城の仲間たち


茨城では全県で1000人の仲間たちが全自治体を走り継ぎました。


埼玉では地域の労働組合に積極的に参加に向けた呼びかけを進めました


労組、団体、自治体など幅広い仲間たちが参加している千葉県の反核平和の火リレー


笑顔がステキな山梨県実行委員会の仲間たちです


東京の三多摩地区では「横田基地へのオスプレイ配備反対」を訴えました


長野では1カ月かけて全自治体を走り継ぎました


多くの仲間のリレーで県内を1周してついに神戸市役所前にゴールした兵庫の青年部の仲間たち


県庁前で出発式を行う奈良県実行委員会の仲間たち


鳥取では職場や地域で仲間たちに呼びかけて平和の火を走り継ぎました


自治体で平和行政推進の要請行動を行う島根県の増田地区実行委員会の仲間たち


1982年に反核平和の火リレーがスタートした広島では、今も若い世代に運動が継承されています


参加者が増えて運動が盛り上がる徳島県実行委員会の反核平和の火リレー


東西から県庁所在地の高知市に向けて平和の火をリレーした高知の仲間たち


子どもたちが最終ランナーを務め、爆心地公園にゴールした長崎県実行委員会


たくさんの仲間が鹿児島市内を走り継ぎました

今後は、10月の神奈川県横須賀市でのゴールまで、山形や東京の各地区、福島などでも引き続き平和の火を走り継ぎます。
今年は残念ながら地震や豪雨災害のためやむを得ず取り組みが中止となった県がありますが、これからも全国各地で「ヒロシマの心」「ナガサキの心」を広める取り組みを進めましょう。
  


2018年01月28日

第51回全国青年団結集会に400人が参加

「第51回全国青年団結集会」が1月27日から28日にかけて長崎市内で開催されました。今回は26都道府県から17産別に所属する400人の仲間が参加しました。全体集会では郵政職場や造船職場で働く仲間による仕事の紹介、平戸市職青年部の仲間たちによる処分撤回を求めるたたかいの報告、九州商船陸員労組と長崎バスユニオンの仲間たちによる闘争報告が行われました。分散会では、職場や産別を超えた労働や生活の実態、春闘勝利に向けた課題を交流しました。



  


Posted by 平和友好祭 at 23:48Comments(0)労働組合長崎

2017年12月25日

第51回全国青年団結集会は長崎で開催

第51回全国青年団結集会は、1月27日から28日の日程で長崎県長崎市内で開催されます。開催地となった長崎では、すでに3回の実行委員会が開催され、準備が進められています。


12月23日に長崎の地区労会館で開催された第3回長崎県実行委員会です。長崎バスユニオンの仲間から報告を受けました。
ほかに、自治労、日教組、全水道、国労、造船、郵政、労金労組などの仲間が参加していました。


翌12月24日には北海道札幌市で第2回中央常任実行委員会を開催しました。集会の概要などを確認しました。
1月14日には東京で中央実行委員会と各県代表者会議を開催します。



上の写真は今年2月に香川県琴平町で開催された第50回全国青年団結集会です。500人の仲間が参加しました。
長崎にもたくさんの仲間の結集を呼びかけています!
  


Posted by 平和友好祭 at 22:06Comments(0)労働組合長崎

2017年10月28日

2017年度の反核平和の火リレーが横須賀で終了

第28回神奈川県反核平和の火リレーが10月23日から27日の日程で行われ、700人を超すランナーが参加しました。庁舎前や職場前集会などへの参加を含めると1200人近い仲間の参加がありました。
最終日は横須賀でゴールし、5月に始まった2017年度の反核平和の火リレーを締めくくりました。


横須賀市職労、横須賀水労、三浦半島地区教組のみなさんがゲート前を力走しています。


横須賀市役所前で到着集会。地区労の小原さんの進行で市長のメッセージ紹介や市議のあいさつをいただきました。


県実行委員と横須賀地区のみんなで記念撮影。来年もがんばろうという意思統一ができました。
今年も全国28都道府県で反核平和の火リレーが開催されました。


横須賀基地では米海軍の潜水艦が何やら作業中でした。調べましたがタイプが分かりません。吸音タイルがけっこうはがれているので、第一線には出ない練習艦だったりするのでしょうか。


補給艦「とわだ」です。基準排水量は8150トンですが、現在はより大型の「ましゅう」型が就役しており、長大な航続力を持つこれらの補給艦が日本の海上戦力の海外展開を支える役割を負っています。自衛隊が「専守防衛」の枠組みを逸脱し、「国際貢献」を口実に海外に展開する戦力となっていることを示す艦種とも言えます。「ときわ」の所属する「第1海上補給隊」はインド洋で「対テロ作戦」に参加する各国の艦船への補給活動を行った実績もあり、すでに2000年代から日本が実質的に集団的自衛権を行使していたことが分かります。
  


2017年08月10日

長崎市平和宣言の紹介

長崎平和宣言

 「ノーモア ヒバクシャ」
  この言葉は、未来に向けて、世界中の誰も、永久に、核兵器による惨禍を体験することがないように、という被爆者の心からの願いを表したものです。その願いが、この夏、世界の多くの国々を動かし、一つの条約を生み出しました。
 核兵器を、使うことはもちろん、持つことも、配備することも禁止した「核兵器禁止条約」が、国連加盟国の6割を超える122か国の賛成で採択されたのです。それは、被爆者が長年積み重ねてきた努力がようやく形になった瞬間でした。
 私たちは「ヒバクシャ」の苦しみや努力にも言及したこの条約を「ヒロシマ・ナガサキ条約」と呼びたいと思います。そして、核兵器禁止条約を推進する国々や国連、NGOなどの、人道に反するものを世界からなくそうとする強い意志と勇気ある行動に深く感謝します。
 しかし、これはゴールではありません。今も世界には、15,000発近くの核兵器があります。核兵器を巡る国際情勢は緊張感を増しており、遠くない未来に核兵器が使われるのではないか、という強い不安が広がっています。しかも、核兵器を持つ国々は、この条約に反対しており、私たちが目指す「核兵器のない世界」にたどり着く道筋はまだ見えていません。ようやく生まれたこの条約をいかに活かし、歩みを進めることができるかが、今、人類に問われています。

 核兵器を持つ国々と核の傘の下にいる国々に訴えます。
 安全保障上、核兵器が必要だと言い続ける限り、核の脅威はなくなりません。核兵器によって国を守ろうとする政策を見直してください。核不拡散条約(NPT)は、すべての加盟国に核軍縮の義務を課しているはずです。その義務を果たしてください。世界が勇気ある決断を待っています。

 日本政府に訴えます。
 核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。
 また、二度と戦争をしてはならないと固く決意した日本国憲法の平和の理念と非核三原則の厳守を世界に発信し、核兵器のない世界に向けて前進する具体的方策の一つとして、今こそ「北東アジア非核兵器地帯」構想の検討を求めます。

 私たちは決して忘れません。1945年8月9日午前11時2分、今、私たちがいるこの丘の上空で原子爆弾がさく裂し、15万人もの人々が死傷した事実を。
 あの日、原爆の凄まじい熱線と爆風によって、長崎の街は一面の焼野原となりました。皮ふが垂れ下がりながらも、家族を探し、さ迷い歩く人々。黒焦げの子どもの傍らで、茫然と立ちすくむ母親。街のあちこちに地獄のような光景がありました。十分な治療も受けられずに、多くの人々が死んでいきました。そして72年経った今でも、放射線の障害が被爆者の体をむしばみ続けています。原爆は、いつも側にいた大切な家族や友だちの命を無差別に奪い去っただけでなく、生き残った人たちのその後の人生をも無惨に狂わせたのです。

 世界各国のリーダーの皆さん。被爆地を訪れてください。 遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください。
 人はあまりにもつらく苦しい体験をしたとき、その記憶を封印し、語ろうとはしません。語るためには思い出さなければならないからです。それでも被爆者が、心と体の痛みに耐えながら体験を語ってくれるのは、人類の一員として、私たちの未来を守るために、懸命に伝えようと決意しているからです。

 世界中のすべての人に呼びかけます。最も怖いのは無関心なこと、そして忘れていくことです。戦争体験者や被爆者からの平和のバトンを途切れさせることなく未来へつないでいきましょう。
 今、長崎では平和首長会議の総会が開かれています。世界の7,400の都市が参加するこのネットワークには、戦争や内戦などつらい記憶を持つまちの代表も大勢参加しています。被爆者が私たちに示してくれたように、小さなまちの平和を願う思いも、力を合わせれば、そしてあきらめなければ、世界を動かす力になることを、ここ長崎から、平和首長会議の仲間たちとともに世界に発信します。そして、被爆者が声をからして訴え続けてきた「長崎を最後の被爆地に」という言葉が、人類共通の願いであり、意志であることを示します。
 被爆者の平均年齢は81歳を超えました。「被爆者がいる時代」の終わりが近づいています。日本政府には、被爆者のさらなる援護の充実と、被爆体験者の救済を求めます。
 福島の原発事故から6年が経ちました。長崎は放射能の脅威を経験したまちとして、福島の被災者に寄り添い、応援します。
 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界を願う世界の人々と連携して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けることをここに宣言します。

2017年8月9日 長崎市長  田上 富久


  


Posted by 平和友好祭 at 10:30Comments(0)福島国際連帯政治問題長崎

2017年06月03日

長崎県祭典に45人が参加

第49回平和友好祭長崎県祭典が6月2日から3日にかけて時津町で開催され、自治労、教組、全港湾、労金労組、郵政ユニオン、全水道、造船、国労から45人の仲間が参加しました。


受付に仲間たちが続々と集まっています。


晴天の下で祭典が始まりました。金田実行委員長からあいさつを受けます。


下山事務局長から基調提案。立派な内容でした。
この後、日実委事務局から労働組合が平和運動で果たすべき役割について講演を受けました。


講演の後は分散会で産別を超えた職場実態交流です。


寝具の準備も自分たちで。


明るいうちに参加者みんなで記念撮影。




被爆者の会の山川剛さんから「あの日はどこから来たのか~8月9日の向こう側」と題して講話がありました。
現代が「向こう側」にならないようにしなければならないと感じました。


「エルベの誓い」の朗読の後、BBQで夕食交流。みんなで屋外で食べると楽しいですよね。


交流は続きます。各都道府県の祭典もこれからです。多くの仲間の参加を呼びかけます。
  


Posted by 平和友好祭 at 23:55Comments(0)労働組合長崎

2016年08月05日

被爆71周年原水爆禁止世界大会広島大会が開幕

原水禁広島大会が開幕しました。


資料館前から折鶴平和行進が出発します。暑いなかですがたくさんの仲間が参加しました。


3千人の仲間たちの参加で開会集会が行われました。


原水禁の川野議長のあいさつです。
議長は、5月のオバマ大統領が述べた「空から死が舞い降りた」という言葉からはあの日の広島のにおいがしない。そして、私が生きている間には核廃絶は実現しないと締めくくったことを批判しました。
また、日本政府が国連において核兵器禁止条約に賛同しようとしないことが被爆者を失望させている一方、安保法制違憲訴訟や鹿児島で原発の停止を求める県知事が誕生するなど、今後に向けた新たな動きも始まっていることに触れ、「核も原発もない世界の実現に向けがんばろう」と呼びかけました。


広島県被団協の高品健二さんから被爆者の訴えがありました。


3人の高校生平和大使によるアピールです。


福島から武藤類子さんの訴えです。原発告訴団の団長を務めています。


原水禁の藤本事務局長による基調提案です。


「原爆を許すまじ」を全員で4番まで歌いました。
閉会あいさつは実行委員会から秋葉忠利さんが行いました。「世論の力で核兵器も原発もなくせる」と訴えていました。
5日は午前中は分科会、午後は「ひろば」などの企画があります。
「青年交流会」は14:00にJR広島駅南口集合で、放射線影響研究所の見学に向かいます。


折鶴平和行進の前に、原爆ドームのすぐ近くにできたばかりの「オリヅルタワー」に行ってみました。
入場料は高いですが、思ったより眺めは良かったです。暑いなかで風も吹いてきて快適でした。


平和公園にはたくさんの人がいました。
外国からのお客さんの姿も多く見られました。みんなでたくさん学習・交流する世界大会にしましょう。
  


Posted by 平和友好祭 at 00:32Comments(0)広島労働組合原発国際連帯政治問題長崎