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2015年06月21日

6月20日は世界難民デー

6月20日は世界難民デーです。
というわけで、日実委事務局が4月に訪問した中東レバノンのパレスチナ難民キャンプの写真を掲載します。



内戦やイスラエルからの攻撃にさらされ続けてきたレバノンの首都ベイルート。
市街地には廃墟となったビルが残っています。



一方で、外国からの投資で廃墟は急速に新しい建物に置き換わりつつあります。
中東のパリと呼ばれたベイルートは、中東の金融センターだった時代もありました。現在でも中心部には銀行や証券会社が多く立ち並んでいます。




街中には兵士が歩哨に立ち、あちらこちらにチェックポイントやバリケードがあります。



ベイルートから一路南へ。サイダ市に向かいます。
ベイルートの海岸地区はホテルの建設ラッシュ。でも、観光客が写真を撮っていると警官にすごい剣幕で怒られます。
青い地中海、青い空、白いビーチと草原に咲き乱れる小さな黄色い花たち…。戦争さえなければレバノンは天国もかくやという美しい国です。


サイダ市に到着。壁の向こうは難民キャンプです。


レバノン軍の検問を通ってキャンプ内へ。ゲートにはファタハのシンボルマークと故アラファト議長の写真。
訪れたキャンプはレバノン国内で最大のパレスチナ難民キャンプであるアイン・アル・ヘルウェというキャンプです。





受け入れてくれたのパレスチナ解放人民戦線(PFLP)です。かつてはハイジャック闘争をはじめ武装闘争で世界中にその名をとどろかせていました。
子どもたちを先頭にキャンプ内をデモ行進しました。日本企業製のピックアップトラックの荷台ではPFLPの兵士たちが周囲ににらみをきかせて警備しています。
アイン・アル・ヘルウェキャンプでも「イスラム国」が影響力を強めているとのことです。昨年はイスラム国支持勢力とレバノン軍の間で戦闘が発生したそうです。



手作りの子ども服を売っていたパレスチナ人のおばあさんたち。
子どもたちも笑顔でした。ただ、キャンプでは十分な教育が受けられない状況があるそうです。近年はシリアから逃れてくる人たちが増え、キャンプの住環境や教育・医療などの環境はさらに悪化しているそうです。
レバノンでは仕事が見つけられないため、ほかの中東諸国やアフリカに出稼ぎに行く男性が増え、キャンプには女性、老人、子どもばかりが残り、家庭やコミュニティの崩壊が重大な問題になっているとのことでした。





キャンプでは歓迎集会を開いてくれました。子どもたちのダンスにみんな拍手喝采でした。
キャンプの人たちが作ってくれた心づくしの手料理で食事会を持ちました。食べきれなかった料理は子どもたちの胃袋に収まっていました。
また、オリーブの若木を植樹しました。いつかパレスチナの平和のシンボルになってほしいです。


こちらはPFLPではなくDFLP(パレスチナ解放民主戦線)の若き戦士たちです。


青年たちがダンスを披露してくれました。


子どもたちが元気で暮らせることを願います。

この後、キャンプ内で銃撃戦が発生して何人か死んだという連絡が入ったため、訪問は途中で切り上げとなりました。
今でも戦争によってあらたに難民が生み出されています。戦争がなくなり、パレスチナや中東の人々が平和に暮らせる世界をつくらないといけません。
日本はイスラエルと軍事技術面で協力することになっています。イスラエルの武器はパレスチナや中東の人々に向けられることになります。日本が武器を外国に武器や軍事技術を売るようなことはやめさせるべきです。
  


Posted by 平和友好祭 at 00:30Comments(0)国際連帯