「1950年の8月6日」峠三吉

平和友好祭

2023年05月21日 16:08

1950年の8月6日 峠三吉

走りよってくる 走りよってくる
あちらからも こちらからも
腰の拳銃を押さえた 警官がかけ寄ってくる

1950年の8月6日 平和式典が禁止され
夜の町角 暁の橋畔に 立哨警官がうごめいて
今日を迎えた廣島の 街の真中 八丁堀交差 Fデパートのそのかげ
供養塔の焼跡に 花を供えてきた市民たちの流れが 忽ち渦巻き
汗に引きつった顎紐が 群衆の中になだれこむ
黒い陣列に割られながら よろめいて
一斉に見上げるデパートの 5階の窓 6階の窓から
ひらひら ひらひら
夏雲をバックに 陰になり 陽に光り 無数のビラが舞い
あお向けた顔の上 のばした手のなか 飢えた心の底に
ゆっくりと散りこむ
誰かがひろった 腕が叩き落とした 手が空中でつかんだ 目が読んだ
労働者、承認、学生、娘、近郷、近在の老人、子供
8月6日を命日に持つ全ヒロシマの 市民群衆そして警官
押し合い 怒号
とろうとする平和のビラ 奪はれまいとする反戦ビラ
鋭いアピール

電車が止まる ゴーストップが崩れる ジープがころがりこむ
消防自動車のサイレンがはためき 2台 3台 武装警官隊のトラックがのりつける
私服警官の堵列するなかを 外国の高級車が侵入し
デパートの入り口は けわしい検問所とかわる

だがやっぱりビラがおちる
ゆっくりとゆっくりと
庇にかったビラは箒をもった手が現れて 丁寧にはき落とし
1枚 1枚 生き物のように 声のない叫びのように
ひらり ひらりと まいおちる

鳩を放ち鐘を鳴らして
市長が平和メッセージを風に流した平和祭は 線香花火のように踏みつぶされ
講演会、音楽会、ユネスコ集会、すべての集まりが禁止され
武装と私服の警官に占領されたヒロシマ

ロケット砲の爆炎が 映画館のスクリーンから立ちのぼり
裏町から 子供もまじえた原爆反対署名の 呼び声が反射する
1950年8月6日の廣島の空を
市民の不安に光を撒き
基地の沈黙に影を映しながら、
平和を愛するあなたの方え 平和をねがう私の方え
警官をかけよらせながら、
ビラは降る ビラはふる


Fデパート

関連記事